甲府地方裁判所 昭和60年(わ)154号 判決 1986年7月24日
主文
被告人高橋美智浩を懲役一年六月に、被告人金子浩を懲役一年六月に、被告人吉澤英明を懲役一年六月に処する。
被告人らに対し、未決勾留日数中各七〇日を、それぞれその刑に算入する。
被告人らに対し、この裁判確定の日から各三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人らは、いずれも、忍草入会組合(天野重知を組合長とする。)及び忍草母の会が入会権を主張する山梨県富士吉田市上吉田字檜丸尾地区を通る東富士道路の建設に反対しているものであるが、共謀の上、昭和六〇年五月一七日午前五時三六分ころから同日午前五時五一分ころまでの間、同字檜丸尾五、六〇七番二七四所在の通称檜丸尾入会林管理小屋に設置された床面までの高さ約五・二メートルないし六・〇五メートルの三基のやぐら上及びその付近において、右管理小屋等の建物収去土地明渡仮処分を執行中の甲府地方裁判所都留支部執行官深澤昌信からの要請に基づく右執行の援助及び右執行に際して発生する違法行為の制止、検挙の職務に従事中の山梨県警察本部長古川定昭指揮下の山梨遊撃隊及び警視庁第一機動隊第一中隊各所属の警察官合計約一二五名に対し、熔岩塊を投てきし、消火器を噴射させ、更に、被告人高橋美智浩において、右所属警察官のうち中村英治(当時三五歳)に対し、約一・五メートルの距離から消火器を噴射させ、被告人金子浩において、同警察官石久保光宏(当時二三歳)に対し、その左顔面を旗付角棒(昭和六〇年押第六七号の六五)で突き、被告人吉澤英明において、同警察官中村保(当時二八歳)に対し、その左手甲を手製バツト(同号の七五)で殴打するなどの暴行を加え、もつて、右警察官らの前記職務の執行を妨害し、その際、右暴行により、右中村英治に対し、加療約五日間を要する両眼表層角膜炎の傷害を、右石久保光宏に対し、全治約一〇日間を要する左顔面打撲捻挫・皮下出血の傷害を、右中村保に対し、全治約一週間を要する左手挫傷の傷害をそれぞれ負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人らの判示所為中、各公務執行妨害の点は包括して刑法六〇条、九五条一項に、各傷害の点は、同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、右公務執行妨害と右各傷害とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により最も重い石久保光宏に対する傷害罪につき定めた懲役刑で各処断することとし、その所定刑期の範囲内で、被告人高橋美智浩を懲役一年六月に、同金子浩を懲役一年六月に、同吉澤英明を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各七〇日をそれぞれその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から各三年間それぞれその刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人らに連帯して負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、(一)本件仮処分には、被保全権利及び保全の必要性の有無に関し問題があるのに、債務者に対する審尋が行われないまま明渡断行を認める仮処分決定がなされたこと、及び債務者側には代理人たる弁護士が訴訟活動をしていたのに、本件仮処分決定が債務者代表者本人に送達されたことなどから本件仮処分手続には違法、不当の点があり、したがつてその執行に対する被告人らの抵抗行為は正当行為として違法性が阻却される。(二)本件仮処分の執行には、仮処分決定に収去対象物件として列挙された物件の範囲を逸脱する違法があつた。(三)以上の理由からして、執行官の執行行為及びその援助要請に基づく警察官の排除行為は違法なものであり、公務執行妨害の点については公務の適法性の要件を欠き、傷害の点についても、警察官らの職務行為が違法である以上、被告人らの抵抗行為は、正当防衛又は正当行為として違法性が阻却される旨主張する。
しかしながら、右(一)の各点については、もつぱら仮処分裁判所の裁判手続上の裁量判断に属する事項であるところ、弁護人主張の外形的事実じたいにも違法とすべき点はなく、仮処分決定がなされた以上、その内容の是正は訴訟手続上の不服申立て方法によつて行われるべきであつて、取消、変更がされない限り、仮処分決定は法律上有効であり、それに基づく執行は適法である。
次に右(二)の点について判断する。証人深澤昌信の当公判廷における供述、司法警察員作成の実況見分調書、同作成の現場写真撮影報告書、同荻原政夫、同早川豊明作成の各写真撮影報告書及び昭和六〇年(ヨ)第四〇号事件仮処分決定書写によれば、以下の事実が認められる。
本件仮処分決定は、収去すべき物件として、別紙(一)記載の1ないし5のとおり掲記し、各物件の位置を図面で特定しているが、本件執行当時、右決定で特定された位置に右3の木造やぐら(以下「東やぐら」という。)及び右5の木造やぐら(以下「北やぐら」という。)があつたが(なお、東やぐらの高さは約八・五メートル、北やぐらの高さは約七・三メートルあり、給水タンクは北やぐらの支柱の中間位の高さの位置にあつた。)、その外に別紙(二)の図面の西側やぐらと書かれた位置に高さ約八・〇五メートルの木造のやぐら(以下「西やぐら」という。)が、また、別紙(二)の図面中の「お」「か」「く」「き」の各点を順次結んだ位置に木造の建物(以下「本件建物」という。)が各存在し、以上三つのやぐら間には、それぞれ連絡橋が架けられていて、互いに往来できるようになつていたこと、そして右各やぐら及び連絡橋は監視などのため一体として使用されている状況とみられたこと、本件建物は別紙(一)記載の1の建物に隣接しており、物置と思われる外観を呈していたこと、西やぐら及び本件建物は、別紙(一)記載の2の囲障内に存在するので、他の物件と同一の所有者に属するものと判断できること、以上の状況から、執行官深澤昌信は、東やぐらが右3のやぐらと、北やぐらが右5のやぐらと同一性を有し、西やぐら及び連絡橋は右北、東やぐらと一体をなし、本件建物は別紙(一)記載の1の建物の附属建物であると考え、本件仮処分決定の収去対象物件であると判断して、右物件などを収去した事実が認められる。
前記の執行官の判断は、右認定の物件の外観や使用状況などに照らしても相当であり、執行官が本件仮処分決定の範囲を逸脱して執行したとの違法は認められない。
以上のように、本件仮処分の執行は適法であり、従つて本件警察官らの職務行為も適法である。よつて、被告人らの本件犯行は、正当防衛及び正当行為には該当しない。
(量刑の理由)
本件は、執行官による仮処分決定の執行等を実力で妨害するために、多数の熔岩塊、消火器等を準備の上なされた計画的犯行であり、その犯行態様は判示のとおり仮処分執行の援助にあたつた警察官に至近距離から攻撃を加えるなど悪質で危険性の高いものであつて、被告人らの刑事責任は重大であるといわざるを得ない。
しかし、本件犯行により警察官らに与えた傷害の程度は幸いにして軽微であり、犯行も短時間のうちに制圧されていること、被告人らには前科前歴がないことなど、被告人らに有利な事情も認められるので、これら諸事情を総合考慮し、それぞれ主文のとおり刑を量定した上、刑の執行を猶予することとした次第である。
よつて、主文のとおり判決する。
(別紙)(略)